尺ルート(Shaku-lute)試奏記
尺ルート(Shaku-lute)試奏記
尺ルート(Shaku-lute)試奏記
貴志清一
尺八を吹く方はおそらく「オークラウロ」という言葉をどこかで聞いたことがあると思います。
ホテルオークラで知られているように大倉財閥の2代目の大倉喜七郎が昭和初期に尺八の吹き口とフルートの胴体をつなぎ合わせた楽器です。もちろん、これは歴史の淘汰を受けて消えてしまいました。数年前このオークラウロを吹く機会があったのですが、鳴りも悪くそれほど興味を持ちませんでした。
ところがこのオークラウロと全く同じ発想の楽器(尺八の上部のみ)がアメリカのTaihei-Shakuhachiという工房で作っているということを知りました。
「どうせ訳の分からない、“まがい物”だろう」ということでそのままにしていましたが、たまたま知り合いになったフルート愛好家(以後、K氏)がこの製品名:Shaku-luteを練習しているということを聞きました。
発想の転換というのでしょうか。複雑なキーのメカニズムを持つフルートの胴体をわざわざ作るのではなく、市販のフルートの胴体を流用し、それにきちんと合うような尺八の歌口を作るのはそう難しくありません。
K氏はパウエル社の14Kのフルートを常用していますので、それまで使っていた総銀のフルートの胴体を尺ルート用にするということで、北海道の取り扱い所に胴体を送り、改めてアメリカのTaihei-shakuhachiへ送り、その胴体に合うような歌口と共に返送してもらったそうです。
私は“フエ”というと何としても見たいし吹きたい、そういう性分ですのでK氏にお願いしじっくり吹かせていただくことにしました。
実際に尺八の歌口に10cmほど胴を残し、そこから金属のジョイントがでていまして、それをフルートの胴体に差し込みます。何しろ総銀のフルートですので贅沢な話です。ただ、上が竹で下が銀のメカニズムですので、何かそぐわないものは感じました。
音を出して見ますと、尺八の歌口で発生する音源が充分フルート本体に反応しているのが分かります。オークラウロのような未熟なものではないことは明らかです。音響学的にはよくわかりませんが、尺八の歌口から繋ぎのところまで、かなり考えて作っている、もしかすると極めて精度の高い円錐形状ではないかと思います。
興にまかせて「春の海」「熊蜂の飛行(部分のみ)」「ビゼーのメヌエット」「コンドルは飛んでいく」等々吹きまくりました。
音程の不安定な尺八の歌口にも関わらず、割合フルート的に音程が決まります。それも気持ち悪いほど西洋音楽的に。
当たり前ですが、指使いも全くフルートと同じように速く動きます。ただ余りに速いパッセージでは音が立ち上がる前に次の音に行くので不明瞭になってしまう傾向も見られました。
「春の海」でキーを押すという、いわゆる押し指をしますと、かなり変でした。やはりタンギングのほうが良いのでしょう。フルートのように歌口が小さいと明瞭なタンギングが可能なのですが、尺八の歌口ですからタンギングも不明瞭になってしまうのは避けられないでしょう。
「熊蜂の飛行」の一部を吹いた時には居合わせた数人のフルート愛好家から思わず“拍手”が起こりました。おそらく見世物的な面白さからだと思います。
少し本曲を吹こうとしましたが、先ずキーがある楽器では当然指のメリはできません。歌口だけのメリでは音色も変です。また、本曲は音を伸ばしていく時に自然と音高が上がっていくのが自然で気持ちいいのですが、ある一定の音高をこの楽器・尺ルートは要求しますのでやはり変な感じがしました。。まあ、本曲には100%不向きでしょう。
これは当たり前で、この楽器で本曲を演奏することは想定していないのだと思います。
地無し尺八を吹いていると、地塗り管は本曲に不向きだという思いを持つのですから、尺ルートはそれ以上に本曲には適していません。ちなみに良くできた地無し管はツメリの指で平気でロの高さまで持って行けますし、その自然な竹の音色は本曲にもっともふさわしいものです。
さて、私はこの尺ルートで楽しい時間を過ごしたのですが、思ったところを箇条書きにしましょう。
・尺ルートはオークラウロの再現ではなく、音響的によく考えられている。
・尺八では吹けない運指の速い曲には向いている。
ただし、
・尺八奏者が尺ルートを手にした場合、フルート奏者と同じだけの運指訓練が要る。しかもそれは極めて長期に亘る訓練である。
・明瞭な発音、タンギングなどはフルートと比べようもないほど困難。
・尺八のような音に、銀の金属の音色が入る。
以上が私の感想です。
もっと卓越した尺八奏者ですと、また違った感想になるかと思います。
この尺ルート(頭部管)の価格はさほど高くはありません。むしろ高いのはフルート自体でしょう。値段はITでshakulute(尺ルート)で検索すればわかりますので、お調べ下さい。
とにかく、今回は高い性能のフルートにつないだ時の感想ですので、いわゆる洋銀製の廉価なフルートの胴につないだ時の鳴りは不明です。
また、尺ルート・Shaku-luteというのもあまりに命名が安直のようです。もっと語調の良い名前のほうが一般に広まりそうです。
言い忘れましたが、初めからこの尺ルートで練習を始めますと、おそらくメリ音は一生獲得できないでしょう。すなわち、尺ルートを本式の尺八への導入にはできないということです。
ちょうど、初心者にはメリは難しいだろうということで親切な?尺八の師匠が弟子に”七孔尺八”から練習させるようなものです。七孔尺八なら、割合短期間にメリ音が出せますからおさらい会にもすぐに出られるし免状もすぐにどんどん出していけます。しかしその弟子が「尺八らしいメリ音を出したい」「メリ音のある本曲(大部分)を吹いてみたい」と思った時には”時已に遅し”で、メリ音の練習に膨大な時間がかかり、結局メリは諦めた、となりがちです。それなら、最初からきついですが五孔できちんとメリ音を練習させるほうが親切というものです。
私が尺八を始めたとき2年間ほど教えていただいた 故二代目池田静山先生は七孔尺八などを見ると即座に「粘土で埋めてしまえ」と叱ったそうです。いつでも取り外せる”木製のアジャスター(穴埋め)”ではなく、取り外しを想定していない「粘土で埋めてしまえ」です。
尺ルートから話が飛躍しましたが、尺ルートは決して尺八の入門にはならないことを強調してこの稿を終わります。
貴志清一
尺八を吹く方はおそらく「オークラウロ」という言葉をどこかで聞いたことがあると思います。
ホテルオークラで知られているように大倉財閥の2代目の大倉喜七郎が昭和初期に尺八の吹き口とフルートの胴体をつなぎ合わせた楽器です。もちろん、これは歴史の淘汰を受けて消えてしまいました。数年前このオークラウロを吹く機会があったのですが、鳴りも悪くそれほど興味を持ちませんでした。
ところがこのオークラウロと全く同じ発想の楽器(尺八の上部のみ)がアメリカのTaihei-Shakuhachiという工房で作っているということを知りました。
「どうせ訳の分からない、“まがい物”だろう」ということでそのままにしていましたが、たまたま知り合いになったフルート愛好家(以後、K氏)がこの製品名:Shaku-luteを練習しているということを聞きました。
発想の転換というのでしょうか。複雑なキーのメカニズムを持つフルートの胴体をわざわざ作るのではなく、市販のフルートの胴体を流用し、それにきちんと合うような尺八の歌口を作るのはそう難しくありません。
K氏はパウエル社の14Kのフルートを常用していますので、それまで使っていた総銀のフルートの胴体を尺ルート用にするということで、北海道の取り扱い所に胴体を送り、改めてアメリカのTaihei-shakuhachiへ送り、その胴体に合うような歌口と共に返送してもらったそうです。
私は“フエ”というと何としても見たいし吹きたい、そういう性分ですのでK氏にお願いしじっくり吹かせていただくことにしました。
実際に尺八の歌口に10cmほど胴を残し、そこから金属のジョイントがでていまして、それをフルートの胴体に差し込みます。何しろ総銀のフルートですので贅沢な話です。ただ、上が竹で下が銀のメカニズムですので、何かそぐわないものは感じました。
音を出して見ますと、尺八の歌口で発生する音源が充分フルート本体に反応しているのが分かります。オークラウロのような未熟なものではないことは明らかです。音響学的にはよくわかりませんが、尺八の歌口から繋ぎのところまで、かなり考えて作っている、もしかすると極めて精度の高い円錐形状ではないかと思います。
興にまかせて「春の海」「熊蜂の飛行(部分のみ)」「ビゼーのメヌエット」「コンドルは飛んでいく」等々吹きまくりました。
音程の不安定な尺八の歌口にも関わらず、割合フルート的に音程が決まります。それも気持ち悪いほど西洋音楽的に。
当たり前ですが、指使いも全くフルートと同じように速く動きます。ただ余りに速いパッセージでは音が立ち上がる前に次の音に行くので不明瞭になってしまう傾向も見られました。
「春の海」でキーを押すという、いわゆる押し指をしますと、かなり変でした。やはりタンギングのほうが良いのでしょう。フルートのように歌口が小さいと明瞭なタンギングが可能なのですが、尺八の歌口ですからタンギングも不明瞭になってしまうのは避けられないでしょう。
「熊蜂の飛行」の一部を吹いた時には居合わせた数人のフルート愛好家から思わず“拍手”が起こりました。おそらく見世物的な面白さからだと思います。
少し本曲を吹こうとしましたが、先ずキーがある楽器では当然指のメリはできません。歌口だけのメリでは音色も変です。また、本曲は音を伸ばしていく時に自然と音高が上がっていくのが自然で気持ちいいのですが、ある一定の音高をこの楽器・尺ルートは要求しますのでやはり変な感じがしました。。まあ、本曲には100%不向きでしょう。
これは当たり前で、この楽器で本曲を演奏することは想定していないのだと思います。
地無し尺八を吹いていると、地塗り管は本曲に不向きだという思いを持つのですから、尺ルートはそれ以上に本曲には適していません。ちなみに良くできた地無し管はツメリの指で平気でロの高さまで持って行けますし、その自然な竹の音色は本曲にもっともふさわしいものです。
さて、私はこの尺ルートで楽しい時間を過ごしたのですが、思ったところを箇条書きにしましょう。
・尺ルートはオークラウロの再現ではなく、音響的によく考えられている。
・尺八では吹けない運指の速い曲には向いている。
ただし、
・尺八奏者が尺ルートを手にした場合、フルート奏者と同じだけの運指訓練が要る。しかもそれは極めて長期に亘る訓練である。
・明瞭な発音、タンギングなどはフルートと比べようもないほど困難。
・尺八のような音に、銀の金属の音色が入る。
以上が私の感想です。
もっと卓越した尺八奏者ですと、また違った感想になるかと思います。
この尺ルート(頭部管)の価格はさほど高くはありません。むしろ高いのはフルート自体でしょう。値段はITでshakulute(尺ルート)で検索すればわかりますので、お調べ下さい。
とにかく、今回は高い性能のフルートにつないだ時の感想ですので、いわゆる洋銀製の廉価なフルートの胴につないだ時の鳴りは不明です。
また、尺ルート・Shaku-luteというのもあまりに命名が安直のようです。もっと語調の良い名前のほうが一般に広まりそうです。
言い忘れましたが、初めからこの尺ルートで練習を始めますと、おそらくメリ音は一生獲得できないでしょう。すなわち、尺ルートを本式の尺八への導入にはできないということです。
ちょうど、初心者にはメリは難しいだろうということで親切な?尺八の師匠が弟子に”七孔尺八”から練習させるようなものです。七孔尺八なら、割合短期間にメリ音が出せますからおさらい会にもすぐに出られるし免状もすぐにどんどん出していけます。しかしその弟子が「尺八らしいメリ音を出したい」「メリ音のある本曲(大部分)を吹いてみたい」と思った時には”時已に遅し”で、メリ音の練習に膨大な時間がかかり、結局メリは諦めた、となりがちです。それなら、最初からきついですが五孔できちんとメリ音を練習させるほうが親切というものです。
私が尺八を始めたとき2年間ほど教えていただいた 故二代目池田静山先生は七孔尺八などを見ると即座に「粘土で埋めてしまえ」と叱ったそうです。いつでも取り外せる”木製のアジャスター(穴埋め)”ではなく、取り外しを想定していない「粘土で埋めてしまえ」です。
尺ルートから話が飛躍しましたが、尺ルートは決して尺八の入門にはならないことを強調してこの稿を終わります。
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